世の中には2種類の人間がいる。
異性にもてる人間とそうでない人間である。
もちろん、私は前者に属するものだ。

冒頭からウソを書いてしまった。
否、虚偽というよりはこれは私の悲願である。

学生時代、じつに不愉快なことだが、同じ研究室に不思議と異性にもてる先輩がいた。
容姿に恵まれているわけでもなく、話術に長けているわけでもなく、財力をもてあましているわけでもない。むしろ、きわめて風変わりな人間だった。

彼はキャンパスの片隅の研究室を住まいとしていた。
論文の締め切り間際になって研究室に寝泊まりする学生はいる。
だが、私が言っているのはそういう意味ではない。
彼は、衣食住、生活のすべてを学内でまかなっていた。
研究室の一室を占有して、その中央にテントをはり、食事はすべて学食で摂り、選択は運動部の洗濯機を拝借、風呂は体育館のシャワーですませる。彼宛の郵便物さえ、研究室へ届いた。
そのうち、学生課から目をつけられて研究室を追い出されたが、先輩には慌てる様子はなかった。
次に彼が住まいと定めたのは、大学近くを流れる川の橋の下である。
アルバイトをしない彼に、アパートを借りる蓄えはなかった。

言い忘れたが、この先輩、労働意欲というものが一切ない。
かわりに、対象を選ばない無軌道な学究心がある。
そういう人間が、ついに1個の研究テーマと恋仲に陥るとどうなるかということを、私は目の当たりにした。
寝食を忘れるとよく言うが、人が文字通りに浸食をないがしろにした場合、その果てに待っているのは、致命的な肉体的衰弱である。
私は先輩を見舞いに行った病室で、そのことを再認識した。
かように奇癖に満ちた人間が、異性を惹きつけるというならば、それはなにゆえになのか、私は是非知りたい。

ところで、私は今、確定申告を終えたあとの充実感と虚脱感のただ中にいる。
この原稿を書き終えtら、すぐさま愛車を駆って旅に出るだろう。
毎年のこの時期、四国のどこかで先輩と落ち合い、酒を酌み交わすことが、私の欠くべからざる恒例行事となっているのだ。
1年に1度だけ会い、呑み、そしてひたすらにしゃべる。
酒は尽きるが、話は尽きない。
話の種が尽きないのは、お互い、必ずしも真実ばかりを語っているとは限らないからだろう。
四国の地酒には、人を大言壮語にするなにものかがある。

そういえば、幾度となく聞かされた恋愛に関する彼の自慢話は、いつも酒の席であった。

(「東海税理士会報」第617号に寄稿した記事です)